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1995年、震災で自分の町が壊れるということに大きな衝撃を受けました。
「家」「町」というものを含めて「私」という存在があることを発見しました。 震災を語り継ごうーーそれは命の在りかを語ること、「生きる」ということを伝えることだと思いました。
長年、詩やエッセーを書いてきたテーマは日常茶飯事の身近なことですが、そこへ突然割り込んできた震災という「非日常」は、当然のごとくあった「日常」をなんと遠いものにしたことでしょう。
その日から人々の「日常」へ帰ろうとする長い長い旅が始まりました。 となり近所のおっちゃんもおばちゃんも、もちろん私もです。
そんな風に瓦礫の中から生きようとする人々の逞しくて優しい姿がすきでした。
そして、なんだかたくさんの詩になりました。歌にもなりました。絵本もあります。 あちこちで朗読もしています。それらはみんな、震災後を共に生きてきた人たちからのメッセージです。
あれから25年。平野のまちも少しずつ変わりました。
私が営業していた「平野市場」はもうありません。今はそこに食料品スーパーが建っています。「ふとん屋」も廃業して、今はギャラリーひとつで、震災後にあたたかいつながりをもらったアーティストのみなさんの作品展などを催しています。また、朗読や音楽を身近で楽しめるようにライブなどもして楽しんでいます。
市場で「いちばぎゃらりぃ侑香」を開いた時、峠の茶屋のような存在になりたいと思いました。旅の途中で人と人が出会い、お茶をのんで話しに興じて、またそれぞれの道を歩んでいく。そんな居場所になればと思いました。今もその想いは変わりません。平野のまちは東西と南北の道が交わるところ。人や文化が交わり豊かに育つところなのです。
この小さなギャラリーで、たくさんの人たちとの出会いを感じていただければと思います。
いちばぎゃらりぃ侑香ことはじめ
阪神淡路大震災前まで、いちばぎゃらりぃ侑香は「平野市場」というところで「ふかみ商店」という「ふとん屋」をしていました。平野市場は戦後にできた市場で、昭和24年(1949)ごろからありました。親の代から60年、小さな店を営んできました。
阪神淡路大震災がありました。
まちの人々は家を失い、家族を失い、このまちからはなれようとしていました。
帰ってきたきた時、みんなあつまって話のできる場所があれば、そう思って店の二階をギャラリ-にすることにしました。
いちばぎゃらりぃ侑香のご近所さん
NHK第一 関西発ふれあいラジオ
ぎゃらりぃで収録
1998.11/29~12/4
(玉川侑香/渡辺英紀アナ)
兵庫民報 1999.1.3
神戸新聞 1999.3.16
関西じつわ 1999.3/8号
全国商工新聞 1999.5.10
毎日新聞 1999.6.17
朝日新聞 1999.9.5 「天声人語」
PHP「ほんとうの時代」 1999.11月号
サンTV 2000.1.26
朝日TV 2000.1.
FMわいわい 2000.3.23
震災と美術 近代美術館発行
MBSネットワーク117 2000.10.21
朝日TV 2001.1.17
神戸新聞 2001.1.30
わくわくブックレット 2001.3.31付け
MBSネットワーク117 2001.4.28
読売新聞 2002.2.7
神戸新聞 2002.2.13